精神的ストレスがアトピー性皮膚炎を悪化させる
厚生労働省が運営するe-ヘルスネットによるとストレスは次の様に説明されている。ストレスとは、外部からの刺激によって身体に生じた反応を意味する。もともと物理学の言葉で外部からの刺激に対する力(応力)をさしていたが、アメリカの生物学者ウォルター・B・キャノンが生理学に応用し、カナダの医学者のハンス・セリエがさらに研究を進めて「ストレス学説」を唱えたのが、今の「ストレス」の始まりといわれている。ストレスの原因となる外的刺激をストレッサーといい、暑さ寒さや有害物質など物理的・化学的なもの、病気や飢え・睡眠不足などの生理的なもの、職場や家庭における不安・緊張・恐怖・怒りなど心理的・社会的なものなどがある。人間では特に心理的・社会的ストレスが大きいとされる。「病は気から」という古い諺(ことわざ)にもあるように、精神的ストレスは自己免疫疾患やアレルギー、がんを含む様々な疾患の増悪や発症に関与することが知られている。特に、アトピー性皮膚炎は古典的な心身症の分類であるHoly sevenの一つにも数えられていたこともあり、その発症や悪化には精神的ストレスが深く関わっていると考えられてきた。しかしながら、この分子メカニズムについてはまだ十分解明されておらず、長らく不明なままであった。
順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所の吉川宗一郎 准教授、冨永光俊 先任准教授、髙森建二 特任教授、順天堂大学医学研究科 免疫学の三宅幸子 教授ら、および岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の浦上仁志 大学院生、同大学術研究院医歯薬学域(医)の森実真 教授らの共同研究グループは東京科学大学、長崎大学、鳥取大学との共同研究により、精神的ストレスが皮膚アレルギーを悪化させるメカニズムを解明し、その成果がJournal of Allergy and Clinical Immunology誌に、2024年11月18日にオンライン版で発表された。
マウスにストレス負荷をかけた後にアレルギー性皮膚炎を発症させたところ、皮膚炎症の悪化(皮膚の腫れの増大や、炎症を起こす免疫細胞の集積が増加)が再現された。このアレルギー皮膚炎症の悪化は、交感神経を除去したマウスやマクロファージだけにβ2アドレナリン受容体を欠損するマウスでは観察されないことから、交感神経から放出されるノルアドレナリンと呼ばれるストレスホルモンがストレスによって交感神経活動が亢進したために多量に放出され、これがマクロファージのβ2アドレナリン受容体に作用することで引き起こされていることが示唆された。興味深いことに、ストレスホルモンに晒されたマクロファージは炎症抑制機能に関連する遺伝子の発現が減少していることも判明し、さらに、ストレス負荷をかけたマウスの炎症組織にいる抗炎症マクロファージでは実際に炎症抑制機能も弱まっていることが確認された。通常のアレルギー反応では、炎症を引き起こす反応(アクセル)と抑制する反応(ブレーキ)が同時に起こっており、炎症を引き起こす反応が炎症を抑制する反応を上回るとアレルギー炎症が強く引き起こされる。本研究結果から、炎症のブレーキ役を担っていたマクロファージの機能がストレスによって弱まったことにより、相対的に炎症を引き起こす反応が強くなってしまったため、皮膚アレルギー炎症が悪化していると考えられた。ストレスが免疫細胞の性質まで変えてしまうことが明らかになったことから、本成果は皮膚アレルギーのみならず他のストレス関連性の疾患がどのようにして発症しているかを解き明かすヒントにもなると期待される。