下水サーベイランスによる感染症リスク管理
COVID-19によるパンデミックは世の中を凍り付かせ、私たちの日常は一変した。世界中の人々の行動規制の成功や迅速なワクチン開発などにより人類は日常を取り戻したが、パンデミックの破壊力とその恐怖は私達の記憶により鮮明に刻み込まれた。パンデミックへの備えは社会システムを維持するうえで必須要件となった。このリスク管理の手法として有力視されているのが下水サーベイランスである。下水中には新型コロナウイルスなど人が排出する病原性ウィルスが混入しており、下水を検査・監視することにより、地域の感染症のまん延状況や傾向、特定の施設における感染有無の探知等が可能となる。この方法は個人からの検体採取と個別の検査が不要で、対象地域の感染症モニタリングが一元的に実施できる一方、検査工程の確実性や検出精度等の課題もある。内閣感染症危機管理総括庁では、新型コロナウィルスについて下水サーベイランスの活用方策の実証事業に取り組み、1週間程度先の感染傾向を把握できる可能を示した。また札幌市でも新型コロナやインフルエンザについて継続的な下水サーベイランスが行われ、その結果がウェブサイトにも公表されている。
早稲田大学人間科学学術院および神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科のユウ ヘイキョウ教授らの研究グループは、東京大学大学院工学系研究科の北島正章特任教授らと共同で、下水サーベイランスによる感染症対策の経済価値を推定するため、日本国内の公共政策の財源を負担する一般住民を対象とした大規模アンケート調査を実施した。この調査では、日本の47都道府県の全住民(N=2,538)を対象として、経済学の評価手法を用い、特定の政策に対して「支払っても構わない金額(支払い意思額(WTP:Willingness-to-pay)」が集計された。調査の結果、「日本における全国規模の下水サーベイランス」を開始・維持する政策に対する年間WTPは、1世帯あたり平均値で2,100円(中央値は800円)であった。これを日本の全世帯のWTPに換算すると年間450億円(中央値)となる。一方、実際に「全国規模の下水サーベイランス」を開始・維持するための費用は年間30億円と算出されており、公共政策としての感染症対策に対する国民の期待・ニーズは高く、下水サーベイランスの高い経済合理性が示された。
既に米国では1,700か所以上、欧州連合では1,300か所以上(人口15万人以上の都市すべて)の下水処理場で下水サーベイランスが定期的に実施・公表されている一方、日本国内で下水サーベイランスを継続的に実施し、その結果を公表している自治体は20か所未満。欧米に大きく立ち遅れた日本の感染症に対するリスク管理の整備は急務である。
下水サーベイランス | 内閣感染症危機管理統括庁ホームページ